会社を卒業して9年目。
「前職は売上高5兆円目前の超大手通信会社でシステムエンジニアをやっていました」
と言うと、たいてい訊かれます。
「なぜ独立したんですか?」
私の理由はシンプルです
「会社で自分のやりたいことができなくなったからです」

新卒で入社した1992年、私が入社したD社は新電電3社のうち、一番早くつぶれると言われていました。
T社のバックは道路公団とトヨタ、J社のバックはJRと比較すると、京セラ、ソニー、セコムがバックについていたものの、不安定さはダントツでした。
それでも、そんな会社だからこそ、いいことがありました。
会社の命運を握るサービス開発に20代で関わることができたからです。
当時、新しいサービスを開発するときは、営業、技術、システムの担当者3人で意思決定していました。
システムの代表は私、技術と営業の担当者は先輩でしたが、全員が20代でした。
納期通りに予算内で品質を確保したシステムをリリースする、億を超える開発費の責任を担うプレッシャーに押しつぶされそうになることもありましたが、自分で決めて自分で動いた結果がサービスとして世に出る、そんな充実感も同時に味わうことができました。


それが2000年の合併で大きく変化しました。
今まで3人でできたサービス開発の意思決定のために、50名も出席する会議が開かれるようになりました。
責任も1/3から1/50になりましたが、それと比例するように、やりがいも減りました。

自分の実力を発揮できる場所を探して、自ら仕掛けて部署異動を3回繰り返しましたが、結局どこにも見つからず。
34歳で社員再教育プログラムに送り込まれたことが、結果的に自分を見つめなおす機会になりました。
そのとき目を飛び込んできたキーワードが「週末起業」。
『起業』とつくビジネス書を読んだり、講演会やセミナーに参加するなど、社外の活動を行うようになりました。
ある会では、参加者からスタッフになり、イベントプロデュースまで任せてもらえるようになって人前で話す機会も増えました。
1冊目の著書『情報整理術』は初めての講演会終了後の懇親会での友人の
「情報整理術って企画があるんだけど、書く?」
のひとことがきっかけでした。


「自分のパワーがあるうちに次の道へ行きたい」
会社卒業のタイミングを40歳の節目を迎える直前の2009年12月末にした一番の理由です。

現在も試行錯誤は続いており、嫌なこと、しんどいことも多々ありますが、会社卒業を選択したことを後悔したことは一度もありません。
3日後3月23日に48歳を迎えるこのタイミングで、いまの気持ちを残しておきます。