2/9(土)から来ている沖縄ビジネス合宿の成果、ひとつカタチになりました。

今まで語ったことがない、大谷更生の闇エピソード

【失敗①】
「自分の思い通りにものごとを進めたい」
「自分が評価されれば他人は関係ない」
もともと自分勝手な人間だった。
2003年、33歳のときに担当した開発費用2億円超のシステム開発プロジェクトでサブリーダーとなったが、リーダーが職人型エンジニアで引っ込み思案なのをいいことに、リーダーをないがしろにして好き勝手に進めたところ、プロジェクトは問題が続出。
サービスイン当日の朝に致命的な障害を解消して何とかシステムをリリースしたものの、リーダーは心身のストレスから他部署への異動を直訴。
残った私はその年の人事査定で最低評価となり、翌2004年に再教育プログラム行きを命じられた。

【成功①】
失意の中、友人に誘われて参加したセミナーで『頼まれごとは試されごと』という考え方を知り、だまされたと思って「頼まれごとは全て引き受ける」ことを決意。
その友人が主催する勉強会で一参加者からスタッフになり、最終的には友人が主催する100名講演会のプロデュースを任されるまでになった。
プライベートでは2006年6月に6歳年上の女性と結婚。
2006年12月にホノルルマラソンを4時間26分3秒で完走した直後に、別の友人から「『人生を走り続けるための原動力』をテーマに90分しゃべってほしい」と打診があった。
人前で話すのはとても苦手でやりたくなかったけど、「頼まれごとは全て引き受ける」と決めていたので「はい」と即答。
生まれて初めての講演会に30名の友人が集まってくれた。


この講演をきっかけに1冊目の著書『情報整理術』出版が決定。
出版を機にセミナー講師やビジネスコンサルティングの依頼が増えたことで自信を持ち、2009年12月にKDDIを退職して独立した。

【失敗②】
システムコンサルタントとして独立したものの仕事の依頼はほとんどなく、失業保険で食いつないだ。
独立1年目の2010年秋に有名コンサルタントから有料会員制コミュニティ立ち上げ協力の依頼を受けて業務提携したものの、集客がうまくいかず3ヶ月でケンカ別れ。
その翌月に母がガンで亡くなり、翌々月に東日本大震災、3ヶ月間でトリプルパンチのダメージを受けて収入の目処が立たず、やむなく妻の扶養に入ることとなった。

【成功②】
全く面識がなかった編集者からのオファーを受けて2012年5月に2冊目の著書『3年後のあなたが後悔しないために今すぐやるべきこと』を出版。


本書出版を機に、前職で習得したシステム思考を活かして、その人にしかできないと言われていた技術やスキルを体系化して再現性の高いノウハウに仕上げる手法を確立。
現在は問題整理の専門家として、問題整理手法、仕事のダンドリや報連相をはじめとするビジネススキル全般、売れ続ける仕組み構築に関する講師や、職人型経営者の独自ノウハウの仕組み化や体系化を実現するコンサルティングを提供している。

しんどかったときのことを思い出して、グッときました。