鬼といってもホンモノの鬼ではありません。
桜井章一さん
麻雀の代打ちで20年無敗の伝説を築き、超絶的な強さから「雀鬼」と呼ばれている方です。
どうしたら桜井さんのように「素」で生きられますか?
(桜井章一さん&香山リカさん)


最もグッときたのは、ここでした。
◆道楽に興味のない「遊び人」になる
俺は遊びの感覚を持って、流れのままに生きてきました。
何かに執着したり、囚われたりしたくない。
本を出したら気持ちはもう次の何かに移っています。
そこに止まったり、振り返ったりすることはないのです。
俺はそうやってすべてを遊びに置き換えています。
でもその”遊び”は子どもの頃の遊びの感覚であって、お金を使わなければ楽しめない”大人の遊び”とはちょっと違う。

私もアウトプットしたら、きれいサッパリ忘れます。

鬼の金言

◆自分にしか自分は救えない
結局のところ、「救う」ということはその人自身にしかできません。
「誰かに救われたい」と思っているうちは、自分を救うことはできない。
何かに気付き、そこから自分自身を変えていく。
自分を救えるのは他でもない、自分しかいないのです。

◆力が入ったときは疑う
体力、知力のみならず、能力、権力といったあらゆる力を疑ってかかる。
そうすることで自分がいかに不必要に力んでいたかが分かるんじゃないでしょうかね。

◆いいと思うものが嫌なものになる怖さ
社会では”愛”や”やさしさ”といったものがことさら”いいもの”のように思われていますが、けっしてそんなことはありません。
だからいつでも”愛”や”やさしさ”に疑問を持って接するようにしています。

◆知識やテクニックが通用しない世界がある
素の状態でいかにいい場を作るか。
雀鬼流麻雀で求められるのはそこです。
だからこそ、素の自分になれるよう「牌を1秒で切れ」と教えているのです。

◆男は三角形、女は放物線
ところで、男性と女性の感じ方に差があるのは、満足感の感じ方の違いに由来しているような気がします。
男性の満足感は直線的です。
グラフ化するとすれば、三角形のように頂点があってそこに向かって一直線に上っていき、頂点に達した後は一直線に下っていく。
しかし、女性は男性のそれよりももっと底辺が広く、頂点までいく線も直線ではなく放物線を描きながら緩やかに上っていき、下りるときも緩やかに下っていく。

◆親友も尊敬する人もいない
人を”尊敬する”ということは、”囚われる”ということでもあります。
敬う人の生き方を一つのモデルとして真似てみることはどんな人でもあることで、けっして悪いことではありません。
ただ、それが行きすぎるとその人は自分を見失うことになる。

◆悪いこともいいことも水に流す
水に流せば相手だけでなく、自分も許すことができます。
なにも「許すことが大切だ」とか「寛容な人になれ」と言っているわけではけっしてありません。
「水に流せば自分の気持ちが楽になるよ」ということを言いたいのです。

こんなふうに自然体で生きることができたら、少なくとも人生に後悔はなくなると思いました。

どうしたら桜井さんのように「素」で生きられますか?
(桜井章一さん&香山リカさん)